て雄二の方を眺めた。雄二は菊子に手を引かれてゐたが、姉の汗ばんだ掌にこの時心持力が加はつた。そして無事で気違と擦違つた。
 柳の並木が杜切れて、砂利を敷いた処に来ると、雄二は下駄の下に鳴る砂利の音で元気づいた。路はT字型に行塞つて、左の角を廻るとS橋の袂に出るのだつた。少し盛上つた坂の上にS橋の欄杆が見えてゐた。大吉と貴磨とは橋の袂に立留まつて、こちらを見てゐた。兄達の後には青い空が拡がり、橋や川のさざめきがそこから洩れて来るやうに思へた。風がまつすぐに雄二の顔へあたり出した。橋の袂の釣道具を売る硝子戸の店の前で父は立留まつた。
 やがて雄二達も父の処へ来た。その店のすぐ横が石段になつてゐて、川の水が見下せた。父がどんどん石段を下つて行くと、貴磨も大吉もそれに続いた。雄二には可也の幅の石段で、姉の手に縋つて下へ降りて行つたが、下駄の下に砂利の粒が滑るのが心細かつた。間もなく、黒い苔の生えてゐる一番下の滑らかな石へ降りた。そこを水が流れてゐて、水の中に黒い杭が並んでゐた。二三間ばかり石を伝つて行くと、船やボートが五六艘繋がれてゐた。父は屋根のある船の中の人に対つて何か云つてゐた。すると、
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