ゐた。たまに、その砂地を歩いてゐる人の姿もぼんやりと眺められた。石崖の曲つて突出たところに大きな黄櫨の樹が聳えてゐた。あの大きな樹の前を過ぎて、まだ大分行かなければT橋にはならないのだらうと雄二は思つた。すると雄二は何か遙かな気持がして侘しくなつた。川の眺めにも見倦きたやうで、眼は少しぼんやりして来た。が、水の上を見てゐないと一そういけないやうな気持がした。船頭もほかの人も平気な顔をしてゆつくり落着いてゐた。
 向ふから小さな舟がやつて来た。流れに溯つてゐるので棹を押してゐる人はつらさうだつた。雄二達の舟はすーと進んでその舟と擦違つてしまつた。雄二は振返つて擦違つた舟の方を暫く見てゐた。何にも積んでゐない舟なのになかなか進まなかつた。やがて、その舟が遠ざかつたと思ふと、大きな櫨の木の生えてゐる石崖のところを雄二達の舟は過ぎてゐた。すると思つてゐたよりも近くにT橋はもう見えてゐるのだつた。橋が近づくに随つて、欄杆の上にあるH山も近づいた。山の樹木が今ははつきりと見え出した。橋の向の方はキラキラ水面が光つてゐて、そちら側へ出ればまた景色は広々として来るらしかつた。
 そのうちに舟はたうたう
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