路のほとりを彷徨つてゐるやうにおもへるのだ。だが、さういふことを思ひ耽けりながら、この踏切で立ちどまつてゐる僕は、……僕の影もいつとはなしにこの線路のまはりを彷徨つてゐるのではないか。
僕は日没前の街道をゆつくり歩いてゐたことがある。ふと青空がふしぎに澄み亘つて、一ところ貝殻のやうな青い光を放つてゐる部分があつた。僕の眼がわざと、そこを撰んでつかみとつたのだらうか。しかし、僕の眼は、その青い光がすつきりと立ならぶ落葉樹の上にふりそそいでゐるのを知つた。木々はすらりとした姿勢で、今しづかに何ごとかが行はれてゐるらしかつた。僕の眼が一本のすつきりした木の梢にとまつたとき、大きな褐色の枯葉が枝を離れた。枝を離れた朽葉は幹に添つてまつすぐ滑り墜ちて行つた。そして根元の地面の朽葉の上に重なりあつた。それは殆ど何ものにも喩へやうのない微妙な速度だつた。梢から地面までの距離のなかで、あの一枚の枯葉は恐らくこの地上のすべてを見さだめてゐたにちがひない。……いつごろから僕は、地上の眺めの見をさめを考へてゐるのだらう。ある日も僕は一年前僕が住んでゐた神田の方へ出掛けて行く。すると見憶えのある書店街の雑
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