所だつたが、そこに坐ると、破れ窓を塞ぐためにマツチのレツテルらしい一メートル四方位の紙がぶらさげてある。その毒々しい細かい模様を眺めると、それがそのまま何か血まみれの記憶と似かよつてゐた。小さな姪たちは耳や指を火傷してゐたし、次兄の肩の傷もヒリヒリと痛むらしかつた。
ある朝、食事の箸をおいた甥は、ふと頭に手をやつて、「髪の毛が抜ける」と云ひだした。
「禿頭になつたのかしら、ひとの帽子を借りたので」と不審がる。さういへば、甥はここへ戻つて来たとき大きな麦藁帽をかむつてゐたのだつた。まだ禿というほど目だつてもゐなかつたが、妹に連れられて廿日市の方の医者に診てもらつた。結局はつきりしたことは判らなかつた。がそれからも脱毛は小止みなくつづいた。「いくらでも脱ける」と、甥は心細さうに呟き、だんだんいらだつて来た。そのうちに彼の頭はすつかりつるつるになつてゐた。私もその頃、猛烈な下痢に悩まされひどく衰弱してゐたが、ある日、廿日市の長兄のところで何気なくそんなことを話してゐると、傍にゐた近所の人が、
「それはよほど気をつけた方がいいですぞ」と、何かぞつとするやうな調子で心配してくれた。今度の遭難者
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