のゝ空|朧々《ろうろう》として月は在明《ありあけ》にて光をさまれる物から不二《ふじ》の峯|幽《かすか》にみえて上野谷中《うへのやなか》の花の梢《こずゑ》又いつかはと心ほそしむつましきかきりは宵よりつとひて舟に乗て送る千しゆと云所《いふところ》にて船をあかれは前途三千里のおもひ胸にふさかりて幻のちまたに離別の泪《なみだ》をそゝく
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彼は歩きながら『奥の細道』の一節を暗誦《あんしょう》していた。これは妻のかたわらで暗誦してきかせたこともあるのだが、弱い己《おの》れの心を支《ささ》えようとする祈りでもあった。
……幻のちまたに離別の泪をそゝく
今も目の前を電車駅に通じる小路へ、人はぞろぞろと続いて行った。
(昭和二十二年四月号『四季』)[#地より2字上げ]
底本:「夏の花・心願の国」新潮文庫、新潮社
1973(昭和48)年7月30日初版発行
入力:tatsuki
校正:林 幸雄
2002年1月1日公開
2003年5月21日修正
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