すかに火照っているようであった。
その南風が吹き募ると、海と空が茫と脹《ふく》らんで白く燃え上るようであった。どうかすると真夏よりも酷《きび》しい光線で野の緑が射とめられていた。落着のないクラスの生徒たちは、この風が吹きまくるとき、ことに騒々しかった。彼はときどき教壇の方から眼を運動場のはてにある遠い緑の塊《かたま》りに対《む》けていた。舞上る砂埃《すなぼこり》に遮られて、それは森とも丘とも見わけのつかぬ茫漠とした眺めではあったが、あの混濁のなかに一つの清澄が棲《す》んでいて、それが頻《しき》りに向うから彼の魂を誘っているようだった。すぐ表の坂を轟々《ごうごう》と戦車が通りすぎて行った。すると、かぼそい彼の声は騒音と生徒の喚《わめ》きで、すっかり捩《も》ぎとられてしまうのであった。
その風が鎮《しず》まると、漸《ようや》く秋らしい青空が眺められた。澄んだ午後の光線は電車の中にも流れ込んでいた。痩《や》せ細った老人が萎《しな》びたコスモスの花を持って、恐しい顔つきのまま座席に蹲《うずくま》っている。ある小駅につづく露次では、うず高くつみ重ねられた芋俵をめぐって、人が蟻《あり》のように
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