かな変化を見出《みいだ》すのではあったが、午後の明るい光線と澄んだ空気は窓の外から、今もこちら側を覗《のぞ》いている。……
 ベッドの脇《わき》の椅子に腰をおろした彼は、かえって病人のような気持がするのだった。午後になると微熱が出て、眼にうつる世界がかすかに消耗されてゆく、そうすると、彼には外界もそれを映すものも冴《さ》えて美しくなった。彼の棲《す》んでいる世界はいま奇妙な結晶体であった。彼はその限られた世界の中を滑《すべ》り歩いていたし、そうして、妻の病室へやって来る時、その世界はいちばん透きとおっていた。
 白いカバアの掛った掛蒲団《かけぶとん》の上に、小豆色《あずきいろ》の派手な鹿子絞《かのこしぼり》の羽織がふわりと脱捨ててあるのが、雪の上の落葉のようにあざやかに眼にうつるが、枕《まくら》に顔を沈めている妻は、その顔には何か冴《さ》え冴《ざ》えしたものがあった。二日まえのことだが、彼はこの部屋が薄暗くなり廊下の方がざわつく頃まで、じっと妻の言葉をきいていた。そして、結局しょんぼりと廊下の外へ出て行った。すると翌日、病院へ使いに行った女中が妻の手紙を持って戻り彼に手渡した。小さく折
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