どうも、その弛んだ貌つきと捨鉢な口調とは不可解なものを含んでゐた。
その後、私はその親爺とは時折路上で出喰はすやうになつた。いつも狎れ狎れしく話しかけるし、ひどく出鱈目な身なりや、阿房めいた調子は――こちらまで魯鈍の伴侶にされさうであつた。「芋を供出せえといふお触れが出たが、わしんところには畑はない。それだから他所で買ふて芋をおかみへ供出せねやならんことになるわい」さういつて、ハハと力なく笑ふのであつた。私は彼が罹災者で、大阪から流れ込んで来たことをもう知つてゐた。
隣の家で誰か祈祷師がやつて来て、頻りに怕いやうな声をあげてゐた。その家の娘を揉み療法で祈り治すらしいのだが、ふと、その文句に耳を傾けてみると、ギヤテイ ギヤテイ ハラギヤテイとか、テウネンクワンゼオン、ボネンクワンゼオンとか、いろんな文句が綴り合はされてゐるのであつた。しかし、文句より声の方が凄さまじかつた。――ところが、その祈祷師が、あの大阪の罹災親爺だとは、私は久しく気づかなかつた。
祈祷師、田口の親爺さんは、縁側に腰を下ろして、私の次兄に話しかけてゐた。「箪笥を売らうといふ人があるんだが、あんた買ふ気はないかね
前へ
次へ
全24ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング