気を奪はれた。
日が暮れて、私は二階に昇つて行つた。すると、田の方で笛の音がするのだ。それも、一つばかりではない。短かい、単調な、笛の音は、あつちの家からも、こちらの小屋からも、今しきりにもの珍しげに鳴りひびくのであつた。さういへば、堤の方にも、山の麓にも、灯がキラキラと懐しげに瞬いてゐる。私の心も少し潤ふやうであつた。罹災以来ひどく兇暴な眼ざしになつてゐた、小さな姪の眼の色が、漸くやはらぎを帯びて来たのは、それから二三日後のことである。
罹災者
軍から引渡された品が隣組長の処で配給されることになつた。受取りに行つた私は、そこの閾で、二三時間待たされた。蚊取線香、靴篦、歯ブラシ、征露丸、梅肉エキス、蚤とり粉、毛筆、紙挟み、殆ど使用に堪へさうもない安全剃刀、パイプなど畳一杯に展げられてゐたが、ゲートル、帽子、雑嚢などになると、一層奇妙なものが多かつた。
その、腹巻とも、鉢巻ともつかぬ、紐の附いた白い布をとりあげて、「これは、犢鼻褌にしたらいいわな」と側にゐる親爺が私に話しかけた。私が曖昧に頷くと、それからは相手は得意になつて、頻りに愚にもつかぬことを喋りだすのであつた。が、
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