つけると、つづいて爺さんの肘のところを払つた。そして、それきり相手の将校は黙々と立去つたのである。――八月十五日の晩の出来事で、軍刀の裏側でやられた肘の疵を撫でながら、爺さんは翌朝おそろしさうにこの話をした。
そんなことがあつてから五六日目のことだが、爺さんは牛を牽いて、朝早くから玩具を取りに出掛けて行つた。牛の背に積んで戻る程、たんと玩具がやつて来るのかしら、と私は少しをかしくおもつた。すると、お餉ごろ爺さんは村へ帰つて来た。それから暫くして、玩具の配給があるから取りに来いといふのだつた。よろこんで出掛けて行つた甥はすぐにひきかへして来た。
「風呂敷がいる、風呂敷がいるんだよ」
甥はひどく浮々してまた出掛けて行つた。やがて持つて戻つた風呂敷包は、すぐ畳の上にひろげられた。笛がある。カチカチと鳴る奇妙な木片がある。竹のシヤベル。女優のプロマイド。紙の将棋。木の車。どれも、これも、おそろしく粗末なものだが、宣撫用として、久しく軍の倉庫に匿されてゐたものなのだらう。こんなもの呉れるより、米の一升でもくれたらいいのに、と大人たちはあまり喜ばないのであつたが、子供らはてんでに畳の上のものに
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