やうだ」と妹も妙に興奮してくるのであつた。
 だが、その後、お金を出してものが買へるのは既に珍しくない世の中がやつて来た。その頃になると、この村にも、復員青年の姿がぽつぽつ現れた。農会の女事務員は、村の老婆にしつこく年齢を訊ねられてゐた。
「気だてさへよければ伜の嫁にしたいのだが」老婆はむきつけてそんなことを娘に打明けるのだつた。Agricultural Society いつのまにか農会の入口にはこんな木札が掲げられてゐた。

  玩具の配給

 爺さんは牛を牽いて夜遅く家に帰る途中だつた。後からやつて来た朝鮮人が頻りに頼むので、その荷物を牛の背に乗せてやつたかとおもふと、すぐ側の叢で「万歳! 万歳!」と叫ぶ声がした。見ると薄らあかりのなかに軍刀を閃めかしながら人影が立上つた。「万歳! 万歳!」と猶も連呼しながら、影はよろよろとこちらへ近づいてくる。その時、朝鮮人は荷を持つて素速く逃げ去つたが、牛を連れてゐる爺さんは戸惑ふばかりであつた。「こらへて下さいや。なんにもわしはわるいことしたおぼえはないのです」爺さんは哀願した。だが、朦朧とした眼つきの男は、振りあげた軍刀で牛の尻にぴたと敲き
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