らつく私には、これは多少意外な光景であつた。だが、かうした不幸を扱ふに、今はかうした軽い調子によるよりほかないのかもしれない。すたすたと、坂路を降つて行く年寄たちは、頻りにふり仰いでは頭上を指さす。見ると、松の枝のあちこちに小さな竹筒が括り附けてあるのであつた。一人の年寄は態と立留まつて、まるでそれをはじめて眺めるやうに、
「ははあ、なるほど、松根油か。松根油が出るから日本は勝つさうな」と、からからとわらひだした。この村の人々が松根油でさんざ苦しめられてゐるらしいことを、ふと私はさとるのであつた。
農会
はじめて米殻通帳を持つて、その農会へ行つた時、そこの土間の棚にレモンシロツプや麦藁帽子、釦などが並べてあるのを私はじろじろと眺めた。「あれは売つてもらへるのですか」と女事務員に訊ねると頷く。そこで、私は水浸しになつてカチカチに乾きついた財布からパサパサになつてゐる紙幣をとり出し、毛筆とシロツプを求めた。「あそこではこんなもの売つてくれるよ」と私はめづらしさのあまり妹に告げると、妹も早速出掛け、シロツプや釦を買つてもどる。「ほんとうに、お金を出せばものが買へるなんて、まるで夢の
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