姿を見つけると、私はやにはに追ひ縋つて、転出のことを頼んだ。村役場の机で、老人は転出証明を書いてくれた。「東京への転出はどうもむつかしいといふことだがな……」と老人は首を捻りながら、とにかくそれを書いてくれたのである。
火葬
「何とも御愁傷のことと存じます」そこの座敷へ上り誰に対して云ふともなしに発した、この紋切型の言葉が、ぐいと私の胸にはねかへつて来て、私は悲しみのなかに滅り込んで行きさうになつた。これはいけない、と私はすぐに傍観者の気持に立還らうとした。広島で遭難してから五日目に、その男は死んでしまつた。この村へ移つて四日目に、私はその葬式に加はつてゐるのだつた。
今あたりを見廻すと、村の人々は、それほどこの不幸に心打たれてゐるやうにはおもへなかつた。みんながいま頻りに気にしてゐることは、空襲警報中なので出発の時刻が遅れることであつた。榊や御幣のやうなものが、既にだいぶ前からそこの縁側に置いてあつた。しばらくすると、警報が解かれた。すると、人々は吻としたやうに早速それらを手に手に取つて、男たちは路ばたに並んだ。棺は太い竹竿に通されて、二人の年寄に担がれた。それが先頭を揺れ
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