が、その上、ここで選んだ家業が製粉業であつた。
「何といつても人の咽喉首を締めつけていらつしやるのですから……」(厭な言葉だが)と、人はよく深井氏のことを評した。
「ええ、暢気な商売でしてね、機械の調子さへ聴いてをれば、後は機械がやつてくれます。それに村のおかみさん連中が、内証で持つて来る小麦がありますし」と、深井氏はたのしさうに笑ふのだつた。だが、深井氏は決してのらくらしてゐるのではなく、裏の畑をせつせと耕してゐる姿がよく見受けられた。係累の多い彼は、いつもそのために奮闘してゐるらしかつた。
 私もこの村では深井氏を唯一のたよりとし、何彼と御世話にばかりなつてゐた。どうやらかうやら命が繋げてゆけたのも、一つには深井氏のおかげであつた。

  路

 うららかな陽光が一杯ふり灑いでゐた。私はその村はづれまで来ると、これでいよいよ、お別れだとおもひながらも、後を振返つては見なかつた。向には橋が見え、H町へ出る小川がつづいてゐる。私はその路を、その時とつとと歩いて行つたのだつた。

 東京へ移つて来た私は、その後、たちまち多くの幻滅を味つた。上京さへすれば、と一図に思ひ込んでゐたわけでもな
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