泌み着いてゐるかのやうにおもへた。――も忘れられなかつた。新聞に載つた大臣の談話によると、この冬は一千万人の人間が餓死するといふではないか。その一千万人のなかには、私もたしか這入つてゐるに違ひない。
私は降りしきる雪のなかを何か叫びながら歩いてゆくやうな気持だつた。早くこの村を脱出しなければ……。だが、汽車はまだ制限されてゐるし、東京都への転入は既に禁止となつた。それに、この附近の駅では、夜毎、集団強盗が現れて貨物を攫つて行くといふ、――いづこを向いても路は暗くとざされてゐるのであつた。
深井氏
深井氏はよく私に再婚をすすめてゐたが、いよいよ私が村を立去ることに決まると、「切角いい心あたりがあつたのに」と残念がつた。村を出発する日、私は深井氏のところで御馳走になつた。
「去年の二月でしたかしら」
「一月です。ここへ移つて来たのが三月で、恰度もう一年になります」
深井氏はゆつくりと盃をおいた。去年の一月、彼は京城の店を畳んで、広島へ引上げたのだつた。だが広島へ移つてみても、形勢あやふしと観てとつた彼は、更にこの村へ引越したのである。これだけでも、千里眼のやうな的中率であつた
前へ
次へ
全24ページ中21ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング