らへませんか」
 さきほどから、私はそれがひどく心配でならなかつたのだが、その男はこくりと頷き、二把の薪を背負ふと、とつとと朽木橋を渡つて行つた。

  路

 私はあの一里半の路を罹災以来、何度ゆききしたことだらう。あの路の景色は、いまもまざまざと眼の前に浮かび、あそこを歩いた時のひだるい気持も、まだ消え失せてはゐない。忍耐といふものがあるとすれば、それが強ひられるものでなく、自然に形づくられるものであるとすれば、ああした経験はたしかに役立つだらう。村から一里半ばかり小川に添つて行くと、海岸に出たところにH町がある。そこには、長兄の仮寓があつた。その家に行けば、ともかく何か喰べさせてもらへるのであつた。
 内臓が互に噛みあふぐらゐ飢ゑてゐた私は、ひよろひよろの足どりで村の端まで出て来る。すると、路は三つに岐れ、すぐ向に橋が見える。この辺まで来ると、私の足も漸く馴れ、視野も展がつて来るのだが、そこから川に添つて海の方まで出てゆく路が、実はほんとうに長かつた。
 恥かしいことながら、空腹のあまり私はとかく長兄の許へよく出掛けて行くのであつた。だが、そこで腹を拵へたとしても、帰りにはまた一
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