里半の路が控へてゐた。ことに夜など、川に沿つて戻る路が、――それは人生のやうに佗しかつた。橋のところに見える灯を目あてに、いくら歩いて行つても、行つても、灯は彼方に遠ざかつてゆくやうにおもへることがあつた。その橋のところまで辿りつくと、とにかく半分戻つたといふ気持がする。私はH町まで行つて戻るたびに、膝の関節が棒のやうになり、まともに坐ることが出来ないのであつた。

  雲

 刈入れの済んだ後の田は黒々と横はつてゐたが、夜など遅くまで、その一角で火が燃やされてゐることもあつたし、そこでは、絶えず忙しげに働いてゐる人の姿を見かけるのであつた。
 私は二階の縁側に出て、レンズをたよりに太陽の光線で刻みタバコに火を点けようとしてゐた。雲の移動が頻りで、太陽は滅多に顔をあらはさない。いま、濃い雲の底から、太陽の輪郭が見えだしたかとおもふと、向の山の中腹に金色の日向がぽつと浮上つてくるのだが、こちらの縁さきの方はまだぼんやりと曇つてゐる。やがて雲に洗はれた太陽が、くつきりとこちらに光を放ちだしたと思ふのも束の間で、すぐに後からひろがつて来る雲で覆はれてしまふ。私は茫然として、レンズを持てあます
前へ 次へ
全24ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング