昇るし、夕方は夕方で、まるい月がやはりあそこから現れて来る。雲や星も、あの美食家の巨人の口に捧げられる。……だが、さうおもつても、やはり巨人の口も、何となく饑じさうだつた。

  朽木橋

 小春日の静かな流れには、水車も廻つてゐた。この辺まで来るのは、今日がはじめてであつたが、嫂は私より先にとつとと歩いた。薪を頒けてくれるといふ家は、まだ、もつとさきの方らしかつた。先日、雨のなかの畑路で、嫂が木片を拾ひ歩いてゐると、通りがかりの男が、薪なら少し位わけてやるよ、と言葉をかけてくれたのである。で、嫂は私を連れて、その家に薪を貰ひに行くのであつた。
 崖の下に水が流れてゐて、一本の朽木が懸つてゐる、その向に農家があつた。嫂はその橋を渡つて、農家の庭さきに廻り声をかけた。色の黒い男が早速、薪を四五把とり出してくれた。
「背負つて行くといい。負ひこを貸してやらうか」と、負ひこを納屋から持つて来てくれる。さういふものを担ふのは私は今日がはじめてであつた。
「三把負へるのだが、あんたには無理かな」
「ええ、それに、あの橋のところが、どうも馴れないので、……あそこの橋のところだけ、一つ負つて行つても
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