きいきしてゐたし、涼しさうな眼なざしをした頬かむりの女もゐた。
「お粥腹では力が出んなあ」
 いつの間にか私の側には、大阪の罹災親爺が立つてゐるのだつた。

  巨人

 台風が去つた朝は、稲の穂が風の去つた方角に頭を傾むけ、向の低い山の空には、青い重さうな雲がたたずんでゐた。
 二階からほぼ眼の位置と同じところに眺められる、その山は、時によつていろんな表情を湛へた。その山の麓から展がる稲田と、すぐ手まへに見える村社と、稲田の左側を区切つてゐる堤と、私の眼にうつる景色は凡そ限られてゐた。堤の向は川でその辺まで行くと、この渓流のながめは、ちよつと山の温泉へでも行つたやうな気持をいだかせるのだつたが、ひだるい私は滅多に出歩かなかつた。
 ぼんやりと私はその低い山を眺めてゐた。真中が少し窪んでゐるところから覗いてゐる空は、それが、真青な時でも、白く曇つてゐる時でも、何か巨人の口に似てゐるやうにおもへだした。その巨きな口も、飢ゑてゐるのだらうか。いつのまにか、飢ゑてゐる私は、その山の上の口について、愚かな童話を描いてゐた。……あの巨人の口はなかなか御馳走をたべるのだ。朝は大きな太陽があそこから
前へ 次へ
全24ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング