空は真白だつたが、稲の穂はふさふさと揺れてゐた。たつた四五枚の障子を修繕しただけで、私はもう精魂尽きるほど、ぐつたりした。朝たべた二杯の淡いお粥は、既に胃の腑になかつたし、餉までにはまだ二三時間あつた。ふと、私の眼は、鍋に残つてゐる糊に注がれてゐた。(これはメリケン粉だな。それなら食べられる)はじめ指先で少し摘んで試みると、次にはもう瞬くうちにそれを平らげてゐるのだつた。(舌切雀、舌切雀)と私は口の糊を拭ひながら、ひとり苦笑した。

 秋雨があがると暑い日がもり返して来た。村では、道路を修繕するため、戸毎に勤労奉仕が課せられた。私がふらふらの足どりで、国民学校の校庭に出掛けて行くと、帳面を手にした男がすぐ名前をそれに控へ、「あんたは車の方をやつてくれ」と云ふ。「病気あがりなのですから、なるべく楽な方へ廻して下さい」と私は嘆願した。漸く土砂掘りの方へ私は廻された。校庭の後に屹立してゐる崖を、シヤベルで切り崩して行くのであつたが、飢ゑてゐる私には、嚇と明るい陽光だけでも滅入るおもひだつた。土砂はいくらでも出て来るし、村人は根気よく働いた。その土砂を車に積んで外へ運んで行く連中も、みんな、い
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