あげやせんからの」
と、とうとう今はそんなことまで呶鳴り散らしてゐる。その声から想像するに、相手はかなりの年配の男らしかつたが、おのれの声に逆上しながら、ものに脅えてゐるやうな、パセチツクなところもあつた。それは、抑制を失つた子供の調子であつた。やがて、その声もだんだん低くなり、まだ何か呟いてゐるらしかつたが、それもぴつたり歇んでしまつた。遠ざかつてゆく足音をききながら、私はその人柄を頭に描き、何となくをかしかつた。
だが、この事件は、決して笑ひごとではすまなかつた。それでなくても、罹災者の弱味をもつ私たちは、その後は戦々兢々として、村人の顔色を窺はねばならなかつた。
嫂は路傍で、村人の会話の断片を洩れ聴きして戻つて来た。
「さうすると、広島の奴等はやがてみんな飢ゑ死にか」
「飢ゑ死にするだらうてえ」
その調子は、街の人間どもが、更に悲惨な目に陥ることを密かに願つてゐるやうだつた、と嫂は脅えるのであつた。
「上着のお礼に芋をやると約束しておきながら、とるものばかりさきにとつておいて、くれた品はたつたこれだけ」と、妹もこの辺の百姓のやりかたに驚くのであつた。
私も、その村の人
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