て話してみたいと思ひます。それでは御元気でゐて下さい。
[#地から3字上げ]十月十二日 原民喜
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永井善次郎様
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●昭和二十年十月三十一日 八幡村より 松戸市 永井善次郎宛
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手紙を出さうと思つてゐたところへ手紙を頂きました。
先日本郷へ行つて来ましたが、上りも下りも大変な列車で窓から乗り窓から降りるのでした。ことに上りは復員やら朝鮮帰りの旅客で目もあてられないやうな暗さでした。本郷でも恰度八百三さんが家族をつれて帰つて来たところでした。こんどは分家で大変お世話になりました。
昨日は城谷の葬式でした。城谷の家から一キロ離れた焼場には白骨がゴロゴロしてゐる叢で、そこに棺もなく家屋の破片をたきつけとして、夕暮、火はしめやかに燃えて行きました。電車が無くなると云ふので早目にひきあげ、土橋へ出る川の堤をとぼとぼ歩いてゐると、あたりは灯一つ見えない焼野で、まだ死臭がかすかに漾つてゐるやうでしたが、ふとその真暗なところから赤ん坊の泣声が洩れて来るのにははつとしました。(よくありさうな話ですがこんなことはやはり書きたい気持をそそります)
僕も早く仕事に没頭できる環境が得たく(現在の住居では十人家族なので本を読むのも容易ではありません)心を悩まして居ります。先日も勝美さんに一寸お願ひしておいたのですが、忠海辺へ下宿でもあればと思つて居ります。東京近辺でも適当な下宿さへあれば早く出たいと思つて居りますが、これは金とも相談しなければならないでせう。刻々に変つてゆく現象をもつと接近した場所で貪り見たいといふ欲望と、この際しつかり腰を据ゑて仕事の土台をきづきたい気持とが裏表になつて居ります。
雑誌の計企[#「企」に「ママ」の注記]順調に進展してゆくことを祈ります。新年号といへばもうすぐでお忙しいことでせう。そのうち僕にも寄稿させて下さい。お願ひしておきます。文学新聞もいいプランだと思ひます。この方は月二回位の発行なのですか。
光太は元気ですか。この前教文館の傍で出逢つた時のやうに、てらてらと精力的な容貌をして居りますか。僕は彼の詩集が上梓される日を待望して居ります。片仮名の横組の大型の異色あるものが出来上るでせう。尤も彼はこの際もつと書きたしたい気持を持つか
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