三人
原民喜

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)沈黙《だまり》くらべ
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 遠くの低い山脈は無表情な空の下に連ってゐた。しかしその山脈を銀のナイフで切れば血が噴き出すかも知れない――何だかさう云ふ気持も少しした。鈍い太陽が冬枯れの練兵場の上にあった。眺めはまるで人生のやうに退屈であった。今日は正月二日なので兵士の影もない。そのかはり山裾の道に添って、三人の青年がとぼとぼと歩いてゐた。彼等はさっきから沈黙《だまり》くらべでもしてゐるらしく、てんでに素気ない顔をしてゐた。だが、その重苦しい気分に反抗するために、一人の男の濃い眉は時々無意識に動いた。また、一人の男の瘠せて怒った肩は窃に或る表情を見せてゐた。また、一人の青白い男の唇の隅はピクピクと巫山戯てゐた。しかし三人は三人とも口をきかなかった。
 この不思議な沈黙は何に責任があるのかしら、と青白い男は唇の隅へ煙草を銜へてぼんやりと考へてゐた。彼は大学を二度無意味に落第して、惰性でもう一度落第するかも知れなかった。濃い眉をした男の頬は少し赤かった。彼は肺を病んでぶらぶら散歩して暮すのだった。肩の怒って瘠せた
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