男は画をやるのだが、絵具も持ってゐなかった。彼等は今日も的《あて》もなく街で出逢ふと、二口三口言葉を交へて、的もなく散歩に来たのだった。彼等は二十五歳になった。そしてその響は空虚であった。或る悲惨な落伍者のやうな気分が三人の頭を抑へた。
 しかし、それが凡てであらうか。仮りにもし一人が何か素晴しいことを云へば、他の二人も即座に歓声をあげて寛ぐかも知れないのだ、誰もそれを知ってゐながら奇妙に素晴しいと云ふことがなかった。だから黙った。
 山裾を廻って坂になるところまで来た時、眉の濃い男が、「帰らうか。」と云った。他の二人が黙々と同意した。そして三人は街に引返した。そして別れた。
 青白い男は家に帰ると、急ににやにや笑ひ出した。妹がその容子を見てけげんがると、一そう得意になって笑ひ出した。



底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
   1966(昭和41)年2月15日
入力:蒋龍
校正:小林繁雄
2009年8月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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