い。このまま、かうした生活をつづけて行くなら僕は結局、陰惨無類の人間にされてしまひさうだ。僕はそれが腹立たしく、時に何かヒステリツクな気持に駆られさうだつた。
 どんなに僕が打ちのめされてゐるかは、外へ出てみるとよくわかつた。たまに以前の友人を訪ねて行つたりすると、罹災してゐない家では、畳があつて、何もかも落着いてゐる。それだけでも僕には慰めのやうな気がしたが、その家では食事まで出してくれる。それも、僕一人がぽつんと餌食を与へられるのではなく、みんなが僕を忌避しないで食卓を囲む。こんなことがあり得るのだらうかと、僕は何だか眼の前に霧のやうなものがふるへだすのだつた。……霧のやうなものは、あまり親しくない人を訪ねて行つても、僕のなかでふるへてゐた。さういふ人と逢ふとき、僕はひどく感情が脅え、言葉が閊へたりするのだが、相手は僕を喫茶店へ誘つて珈琲を奢つてくれたりする。僕のやうな人間でも、あたりまへに扱つてくれる人がゐるのかと思ふと、急に泣きだしたくなる。いけない、いけない、これはまるでヒステリーの劣等感だ、と僕は自分にむかつて叫ぶ。だが、飢ゑと一緒に存在する涙もろいものは、僕の顔のすぐ下に
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