の頃、死別れた一人の姉の写真だったが、葡萄棚《ぶどうだな》の下に佇《たたず》んでいる、もの柔かい少女の姿が、今もしきりに懐《なつか》しかった。そうだ、こんど広島へ行ったら、あの写真を借りてもどろう――そういう突飛なおもいつきが、更に彼の郷愁を煽《あお》るのだった。
ある日、彼は友人から、少年向の単行本の相談をうけた。それは確実な出版社の企画で、その仕事をなしとげれば彼にとっては六ヵ月位の生活が保証される見込だった。急に目さきが明るくなって来たおもいだった。その仕事で金が貰《もら》えるのは、六ヵ月位あとのことだから、それまでの食いつなぎのために、彼は広島の兄に借金を申込むつもりにした。……倉敷《くらしき》の姪《めい》たちへの土産《みやげ》ものを買いながら、彼は何となく心が弾《はず》んだ。少女の好みそうなものを撰《えら》んでいると、やさしい交流が遠くに感じられた。……それは恋というのではなかったが、彼は昨年の夏以来、ある優しいものによって揺すぶられていた。ふとしたことから知りあいになった、Uという二十二になるお嬢さんは、彼にとって不思議な存在になった。最初の頃、その顔は眩《まぶ》しいよう
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