に彼を戦《おのの》かせ、一緒にいるのが何か呼吸苦《いきぐる》しかった。が、馴《な》れるに随《したが》って、彼のなかの苦しいものは除かれて行ったが、何度逢っても、繊細で清楚《せいそ》な鋭い感じは変らなかった。彼はそのことを口に出して讃《ほ》めた。すると、タイピストのお嬢さんは云うのだった。
「女の心をそんな風に美しくばかり考えるのは間違いでしょう。それに、美はすぐうつろいますわ」
 彼は側《そば》にいる、この優雅な少女が、戦時中、十文字に襷《たすき》をかけて挺身隊《ていしんたい》にいたということを、きいただけでも何か痛々しい感じがした。一緒にお茶を飲んだり、散歩している時、声や表情にパッと新鮮な閃きがあった。二十二歳といえば、彼が結婚した時の妻の年齢であった。
「とにかく、あなたは懐しいひとだ。懐しいひととして憶《おぼ》えておきたい」
 神田を引あげる前の晩、彼が部屋中を荷物で散らかしていると、Uは窓の外から声をかけた。彼はすぐ外に出て一緒に散歩した。吉祥寺に移ってからは、逢う機会もなかった。が、広島へ持って行くカバンのなかに、彼はお嬢さんの写真をそっと入れておいた。……ペンクラブの一行
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