くり折れ曲って青い枝を手洗鉢《てあらいばち》に突込んでいた楓《かえで》の生々しい姿は、あの家の最後のイメージとして彼の目に残っている。それから壊滅後一カ月あまりして、はじめてこの辺にやって来てみると、一めんの燃えがらのなかに、赤く錆《さ》びた金庫が突立っていて、その脇《わき》に木の立札が立っていた。これもまだ克明に目に残っている。それから、彼が東京からはじめてこの新築の家へ訪ねた時も、その頃はまだ人家も疎《まば》らで残骸《ざんがい》はあちこちに眺《なが》められた。その頃からくらべると、今この辺は見違えるほど街らしくなっているのだった。
 午後、ペンクラブの到着を迎えるため広島駅に行くと、降車口には街の出迎えらしい人々が大勢集っていた。が、やがて汽車が着くと、人々はみんな駅長室の方へ行きだした。彼も人々について、そちら側へ廻った。大勢の人々のなかからMの顔はすぐ目についた。そこには、彼の顔見知りの作家も二三いた。やがて、この一行に加わって彼も市内見物のバスに乗ったのである。……バスは比治山《ひじやま》の上で停《とま》り、そこから市内は一目に見渡せた。すぐ叢《くさむら》のなかを雑嚢《ざつの
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