う》をかけた浮浪児がごそごそしている。それが彼の眼には異様におもえた。それからバスは瓦斯《ガス》会社の前で停った。大きなガスタンクの黝《くろず》んだ面に、原爆の光線の跡が一つの白い梯子《はしご》の影となって残っている。このガスタンクも彼には子供の頃から見馴《みな》れていたものなのだ。……バスは御幸橋を渡り、日赤病院に到着した。原爆患者第一号の姿は、脊の火傷《やけど》の跡の光沢や、左手の爪《つめ》が赤く凝結しているのが標本か何かのようであった。……市役所・国泰寺・大阪銀行・広島城跡を見物して、バスは産業奨励館の側に停った。子供の時、この洋式の建物がはじめて街に現れた時、彼は父に連れられて、その階段を上ったのだが、あの円《まる》い屋根は彼の家の二階からも眺めることが出来、子供心に何かふくらみを与えてくれたものだ。今、鉄筋の残骸を見上げ、その円屋根のあたりに目を注ぐと、春のやわらかい夕ぐれの陽《ひ》ざしが虚《むな》しく流れている。雀《すずめ》がしきりに飛びまわっているのは、あのなかに巣を作っているのだろう。……時は流れた。今はもう、この街もいきなり見る人の眼に戦慄《せんりつ》を呼ぶものはなく
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