田舎へ家を借りて家財だけでも運んでおきたい、そんな相談なら前から妻としてゐた。だが、田舎の何処にそんな家がみつかるのか、清二にはまるであてがなかつた。この頃になると、清二は長兄の行動をかれこれ、あてこすらないかはりに、じつと怨めしげに、ひとり考へこむのであつた。
 順一もしかし清二の一家を見捨ててはおけなくなつた。結局、順一の肝煎で、田舎へ一軒、家を貸りることが出来た。が、荷を運ぶ馬車はすぐには傭へなかつた。田舎へ家が見つかつたとなると、清二は吻として、荷造に忙殺されてゐた。すると、三次の方の集団疎開地の先生から、父兄の面会日を通知して来た。三次の方へ訪ねて行くとなれば、冬物一切を持つて行つてやりたいし、疎開の荷造やら、学童へ持つて行つてやる品の準備で、家のうちはまたごつたかへした。それに清二は妙な癖があつて、学童へ持つて行つてやる品々には、きちんと毛筆で名前を記入しておいてやらぬと気が済まないのだつた。
 あれをかたづけたり、これをとりちらかしたりした揚句、夕方になると清二はふいと気をかへて、釣竿を持つて、すぐ前の川原に出た。この頃あまり釣れないのであるが、糸を垂れてゐると、一番気が
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