若い一組が入混つてゐた。血色のいい、若い教官はピンと身をそりかへらすやうな姿勢で、ピカピカの長靴の脛はゴムのやうに弾んでゐた。
「みんなが、かうして予習に来てゐるのを、君だけ気づかなかつたのか」
 はじめ教官は穏かに正三に訊ね、正三はぼそぼそと弁解した。
「声が小さい!」
 突然、教官は、吃驚するやうな声で呶鳴つた。
 ……そのうち、正三もここでは皆がみんな蛮声の出し合ひをしてゐることに気づいた。彼も首を振るひ、自棄くそに出来るかぎりの声を絞りださうとした。疲れて家に戻ると、怒号の調子が身裡に渦巻いた。……教官は若い一組を集めて、一人一人に点呼の練習をしてゐた。教官の問に対して、青年たちは元気よく答へ、練習は順調に進んでゐた。足が多少跛の青年がでてくると、教官は壇上から彼を見下ろした。
「職業は写真屋か」
「左様でございます」青年は腰の低い商人口調でひよこんと応へた。
「よせよ、ハイで結構だ。折角、今迄いい気分でゐたのに、そんな返事されてはげつそりしてしまふ」と教官は苦笑ひした。この告白で正三はハツと気づいた。陶酔だ、と彼はおもつた。
「馬鹿馬鹿しいきはみだ。日本の軍隊はただ形式に陶酔
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