て来て加勢するのであつた。
正三は夢の中で、嵐に揉みくちやにされて墜ちてゐるのを感じた。つづいて、窓ガラスがドシン、ドシンと響いた。そのうちに、「煙が、煙が……」と何処かすぐ近くで叫んでゐるのを耳にした。ふらふらする足どりで、二階の窓際へ寄ると、遙か西の方の空に黒煙が朦々と立騰つてゐた。服装をととのへ階下に行つた時には、しかし、もう飛行機は過ぎてしまつた後であつた。……清二の心配さうな顔があつた。「朝寝なんかしてゐる際ぢやないぞ」と彼は正三を叱りつけた。その朝、警報が出たことも正三はまるで知らなかつたのだが、ラジオが一機、浜田(日本海側、島根県の港)へ赴いたと報じたかとおもふと、間もなくこれであつた。紙屋町筋に一筋パラパラと爆弾が撒かれて行つたのだ。四月末日のことであつた。
五月に入ると、近所の国民学校の講堂で毎晩、点呼の予習が行はれてゐた。それを正三は知らなかつたのであるが、漸くそれに気づいたのは、点呼前四日のことであつた。その日から、彼も早目に夕食を了へては、そこへ出掛けて行つた。その学校も今では既に兵舎に充てられてゐた。燈の薄暗い講堂の板の間には、相当年輩の一群と、ぐんと
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