う速いこと」と、少女たちはてんでに嘆声を放つ。B29も、飛行機雲も、この街に姿を現はしたのはこれがはじめてであつた。――昨年来、東京で見なれてゐた正三には久振りに見る飛行機雲であつた。
その翌日、馬車が来て、高子の荷は五日市町の方へ運ばれて行つた。「嫁入りのやりなほしですよ」と、高子は笑ひながら、近所の人々に挨拶して出発した。だが、四五日すると、高子は改めて近所との送別会に戻つて来た。電気休業で、朝から台所には餅臼が用意されて、順一や康子は餅搗の支度をした。そのうちに隣組の女達がぞろぞろと台所にやつて来た。……今では正三も妹の口から、この近隣の人々のことも、うんざりするほどきかされてゐた。誰と誰が結托してゐて、何処と何処が対立し、いかに統制をくぐり抜けてみんなそれぞれ遣繰をしてゐるか。台所に姿を現した女たちは、みんな一筋縄ではゆかぬ相貌であつたが、正三などの及びもつかぬ生活力と、虚偽を無邪気に振舞う本能をさづかつてゐるらしかつた。……「今のうちに飲んでおきませうや」と、そのころ順一のところにはいろんな仲間が宴会の相談を持ちかけ、森家の台所は賑はつた。そんなとき近所のおかみさん達もやつ
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