と、清二は三日後にとり壊される家の姿が胸につまり、今はもう絶体絶命の気持だった。
「どうか神様、三日以内にこの広島が大空襲をうけますように」
 若い頃クリスチャンであった清二は、ふと口をひらくとこんな祈をささげたのであった。
 その翌朝、清二の妻は事務室に順一を訪れて、疎開のことをだらだらと訴え、建物疎開のことは市会議員の田崎が本家本元らしいのだから、田崎の方へ何とか頼んでもらいたいというのであった。
 フン、フンと順一は聴いていたが、やがて、五日市へ電話をかけると、高子にすぐ帰ってこいと命じた。それから、清二を顧みて、「何て有様だ。お宅は建物疎開ですといわれて、ハイそうですか、と、なすがままにされているのか。空襲で焼かれた分なら、保険がもらえるが、疎開でとりはらわれた家は、保険金だってつかないじゃないか」と、苦情云うのであった。
 そのうち暫くすると、高子がやって来た。高子はことのなりゆきを一とおり聴いてから、「じゃあ、ちょっと田崎さんのところへ行って来ましょう」と、気軽に出かけて行った。一時間もたたぬうちに、高子は晴れ晴れした顔で戻って来た。
「あの辺の建物疎開はあれで打切ることに
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