とかわからないので問いかえした。
「さっき大川がやって来て、そう云ったのですよ、三日以内に立退《たちの》かねばすぐにこの家とり壊《こわ》されてしまいます」
「ふーん」と清二は呻《うめ》いたが、「それで、おまえは承諾したのか」
「だからそう云っているのじゃありませんか。何とかしなきゃ大変ですよ。この前、大川に逢《あ》った時にはお宅はこの計画の区域に這入《はい》りませんと、ちゃんと図面みせながら説明してくれた癖に、こんどは藪《やぶ》から棒に、二〇メートルごとの規定ですと来るのです」
「満洲ゴロに一杯|喰《く》わされたか」
「口惜《くや》しいではありませんか。何とかしなきゃ大変ですよ」と、光子は苛々《いらいら》しだす。
「おまえ行ってきめてこい」そう清二は嘯《うそぶ》いたが、ぐずぐずしている場合でもなかった。「本家へ行こう」と、二人はそれから間もなく順一の家を訪れた。しかし、順一はその晩も既に五日市町の方へ出かけたあとであった。市外電話で順一を呼出そうとすると、どうしたものか、その夜は一向、電話が通じない。光子は康子をとらえて、また大川のやり口をだらだらと罵《ののし》りだす。それをきいている
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