持がした。この戦争が本土決戦に移り、もしも広島が最後の牙城《がじょう》となるとしたら、その時、己は決然と命を捨てて戦うことができるであろうか。……だが、この街が最後の楯《たて》になるなぞ、なんという狂気以上の妄想《もうそう》だろう。仮りにこれを叙事詩にするとしたら、最も矮小《わいしょう》で陰惨かぎりないものになるに相違ない。……だが、正三はやはり頭上に被《かぶ》さる見えないものの羽挙《はばたき》を、すぐ身近にきくようなおもいがするのであった。
 警報が解除になり、清二の家までみんな引返しても、正三はこの玄関で暫くラジオをきいていることがあった。どうかすると、また逃げださなければならぬので、甥も姪もまだ靴のままでいる。だが、大人達がラジオに気をとられているうち、さきほどまで声のしていた甥が、いつのまにか玄関の石の上に手足を投出し、大鼾《おおいびき》で睡《ねむ》っていることがあった。この起伏常なき生活に馴れてしまったらしい子供は、まるで兵士のような鼾をかいている。(この姿を正三は何気なく眺めたのであったが、それがやがて、兵士のような死に方をするとはおもえなかった。まだ一年生の甥は集団疎開へ
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