二の一家がやって来る。嫂は赤ん坊を背負い、女中は何か荷を抱えている。康子は小さな甥の手をひいて、とっとと先頭にいる。(彼女はひとりで逃げていると、警防団につかまりひどく叱《しか》られたことがあるので、それ以来この甥を借りるようになった)清二と中学生の甥は並んで後からやって来る。それから、その辺の人家のラジオに耳を傾けながら、情勢次第によっては更に川上に溯《さかのぼ》ってゆくのだ。長い堤をずんずん行くと、人家も疏《まば》らになり、田の面や山麓《さんろく》が朧《おぼろ》に見えて来る。すると、蛙《かえる》の啼声《なきごえ》が今あたり一めんにきこえて来る。ひっそりとした夜陰のなかを逃げのびてゆく人影はやはり絶えない。いつのまにか夜が明けて、おびただしいガスが帰路一めんに立罩《たちこ》めていることもあった。
時には正三は単独で逃亡することもあった。彼は一カ月前から在郷軍人の訓練に時折、引ぱり出されていたが、はじめ頃二十人あまり集合していた同類も、次第に数を減じ、今では四五名にすぎなかった。「いずれ八月には大召集がかかる」と分会長はいった。はるか宇品の方の空では探照灯が揺れ動いている夕闇の校庭に
前へ
次へ
全66ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
原 民喜 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング