走っている。……静かな街よ、さようなら。B29一機はくるりと舵《かじ》を換え悠然と飛去るのであった。
琉球《りゅうきゅう》列島の戦が終った頃、隣県の岡山市に大空襲があり、つづいて、六月三十日の深更から七月一日の未明まで、呉《くれ》市が延焼した。その夜、広島上空を横切る編隊爆音はつぎつぎに市民の耳を脅かしていたが、清二も防空頭巾《ぼうくうずきん》に眼ばかり光らせながら、森製作所へやって来た。工場にも事務室にも人影はなく、家の玄関のところに、康子と正三と甥の中学生の三人が蹲《うずくま》っているのだった。たったこれだけで、こんな広い場所を防ぐというのだろうか、――清二はすぐにそんなことを考えるのであった。と、表の方で半鐘が鳴り「待避」と叫ぶ声がきこえた。四人はあたふたと庭の壕《ごう》へ身を潜めた。密雲の空は容易に明けようともせず、爆音はつぎつぎにききとれた。もののかたちがはっきり見えはじめたころ漸《ようや》く空襲解除となった。
……その平静に返った街を、ひどく興奮しながら、順一は大急ぎで歩いていた。彼は五日市町で一睡もしなかったし、海を隔てて向うにあかあかと燃える火焔《かえん》を夜どお
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