罹災者《りさいしゃ》が続々と相次いで流込んでおります。それらの罹災者が我が市民諸君に語るところは何であるかと申しますと、『いやはや、空襲は怕《こわ》かった怕かった。何んでもかんでも速く逃げ出すに限る』と、ほざくのであります。しかし、畢竟《ひっきょう》するに彼等は防空上の惨敗者であり、憐《あわれ》むべき愚民であります。自ら恃《たの》むところ厚き我々は決して彼等の言に耳を傾けてはならないのであります。なるほど戦局は苛烈《かれつ》であり、空襲は激化の一路にあります。だが、いかなる危険といえども、それに対する確乎《かっこ》たる防備さえあれば、いささかも怖《おそ》るには足りないのであります」
そう云いながら、彼はくるりと黒板の方へ対《む》いて、今度は図示に依《よ》って、実際的の説明に入った。……その聊《いささ》かも不安もなさげな、彼の話をきいていると、実際、空襲は簡単|明瞭《めいりょう》な事柄であり、同時に人の命もまた単純明確な物理的作用の下にあるだけのことのようにおもえた。珍しい男だな、と正三は考えた。だが、このような好漢ロボットなら、いま日本にはいくらでもいるにちがいない。
順一は手ぶ
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