げ用のリュックサックは食糧品が詰められて、縁側の天井から吊《つる》されている綱に括《くく》りつけてあった。つまり、鼠の侵害を防ぐためであった。……西崎に繩を掛けさせた荷を二人で製作所の片隅へ持運ぶと、順一は事務室で老眼鏡をかけ二三の書類を読み、それから不意と風呂場へ姿を現し、ゴシゴシと流し場の掃除に取掛る。
 ……この頃、順一は身も心も独楽《こま》のようによく廻転した。高子を疎開させたものの、町会では防空要員の疎開を拒み、移動証明を出さなかった。随って、順一は食糧も、高子のところへ運ばねばならなかった。五日市町までの定期乗車券も手に入れたし、米はこと欠かないだけ、絶えず流れ込んで来る。……風呂掃除が済む頃、順一にはもう明日の荷造のプランが出来ている。そこで、手足を拭《ぬぐ》い、下駄をつっかけ、土蔵を覘《のぞ》いてみるのであったが、入口のすぐ側に乱雑に積み重ねてある康子の荷物――何か取出して、そのまま蓋《ふた》の開いている箱や、蓋から喰《は》みだしている衣類……が、いつものことながら目につく。暫く順一はそれを冷然と見詰めていたが、ふと、ここへはもっと水桶《みずおけ》を備えつけておいた方が
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