教官はじろじろ彼を眺めていたが、
「裸になれ!」と大喝《だいかつ》した。そう云われて、相手はおずおずと釦《ボタン》を外《はず》しだした。が、教官はいよいよ猛《たけ》って来た。
「裸になるとは、こうするのだ」と、相手をぐんぐん運動場の正面に引張って来ると、くるりと後向きにさせて、パッとシャツを剥《は》ぎとった。すると青緑色の靄《もや》が立罩《たちこ》めた薄暗い光線の中に、瘡蓋《かさぶた》だらけの醜い背中が露出された。
「これが絶対安静を要した躯《からだ》なのか」と、教官は次の動作に移るため一寸《ちょっと》間を置いた。
「不心得者!」この声と同時にピシリと鉄拳《てっけん》が閃《ひらめ》いた。と、その時、校庭にあるサイレンが警戒警報の唸《うな》りを放ちだした。その、もの哀《がな》しげな太い響は、この光景にさらに凄惨《せいさん》な趣を加えるようであった。やがてサイレンが歇《や》むと、教官は自分の演じた効果に大分満足したらしく、
「今から、この男を憲兵隊へ起訴してやる」と一同に宣言し、それから、はじめて出発を命じるのであった。……一同が西練兵場へ差しかかると、雨がぽちぽち落ちだした。荒々しい歩
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