と、虚偽を無邪気に振舞う本能をさずかっているらしかった。……「今のうちに飲んでおきましょうや」と、そのころ順一のところにはいろんな仲間が宴会の相談を持ちかけ、森家の台所は賑わった。そんなとき近所のおかみさん達もやって来て加勢するのであった。
正三は夢の中で、嵐《あらし》が揉《も》みくちゃにされて墜《お》ちているのを感じた。つづいて、窓ガラスがドシン、ドシンと響いた。そのうちに、「煙が、煙が……」と何処かすぐ近くで叫んでいるのを耳にした。ふらふらする足どりで、二階の窓際《まどぎわ》へ寄ると、遙《はる》か西の方の空に黒煙《こくえん》が濛々《もうもう》と立騰《たちのぼ》っていた。服装をととのえ階下に行った時には、しかし、もう飛行機は過ぎてしまった後であった。……清二の心配そうな顔があった。「朝寝なんかしている際じゃないぞ」と彼は正三を叱《しか》りつけた。その朝、警報が出たことも正三はまるで知らなかったのだが、ラジオが一機、浜田(日本海側、島根県の港)へ赴《おもむ》いたと報じたかとおもうと、間もなくこれであった。紙屋町筋に一筋パラパラと爆弾が撒《ま》かれて行ったのだ。四月末日のことであった
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