われた。すると、正三の知らぬ人々が事務室に現れ、いろんなものをどこかから整えてくるのであった。順一の加わっている、さまざまなグルウプ、それが互に物資の融通をし合っていることを正三は漸《ようや》く気づくようになった。……その頃になると、高子と順一の長い間の葛藤《かっとう》は結局、曖昧《あいまい》になり、思いがけぬ方角へ解決されてゆくのであった。
 疎開の意味で、高子には五日市町の方へ一軒、家を持たす、そして森家の台所は恰度《ちょうど》、息子を学童疎開に出して一人きりになっている康子に委《ゆだ》ねる、――そういうことが決定すると、高子も晴れがましく家に戻って来て、移転の荷拵《にごしら》えをした。だが、高子にもまして、この荷造に熱中したのは順一であった。彼はいろんな品物に丁寧に綱をかけ、覆《おお》いや枠《わく》を拵えた。そんな作業の合間には、事務室に戻り、チェック・プロテクターを使ったり、来客と応対した。夜は妹を相手にひとりで晩酌をした。酒はどこかから這入って来たし、順一の機嫌《きげん》はよかった……
 と、ある朝、B29がこの街の上空を掠《かす》めて行った。森製作所の縫工場にいた学徒たちは
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