い作業服を着て、ガラガラと下駄をひきずりながら、土蔵の方から椅子を運んでくる正三の様子は、慣れない仕事に抵抗しようとするような、ぎごちなさがあった。……椅子が運ばれ、幕が張られ、それに清二の書いた式順の項目が掲示され、式場は既に整っていた。その日は九時から式が行われるはずであった。だが、早朝から発せられた空襲警報のために、予定はすっかり狂ってしまった。
「……備前《びぜん》岡山、備後灘《びんごなだ》、松山上空」とラジオは艦載機来襲を刻々と告げている。正三の身支度《みじたく》が出来た頃、高射砲が唸《うな》りだした。この街では、はじめてきく高射砲であったが、どんよりと曇った空がかすかに緊張して来た。だが、機影は見えず、空襲警報は一旦《いったん》、警戒警報に移ったりして、人々はただそわそわしていた。……正三が事務室へ這入《はい》って行くと、鉄兜《てつかぶと》を被った上田の顔と出逢《であ》った。
「とうとう、やって来ましたの、なんちゅうことかいの」
 と、田舎《いなか》から通勤して来る上田は彼に話しかける。その逞《たくま》しい体躯《たいく》や淡泊な心を現している相手の顔つきは、いまも何となしに
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