天の下、今にもつんのめりさうな、ふわふわに腫れ上つた火傷患者に附添つて、彼は立つてゐる。重傷者の列は蜿蜒と続いてゐるが、施療の順番は殆ど無用の手続のため、できるかぎり延期されてゐる。……銀行、郵便局、町会事務所、食糧営団、いたるところの窓口が奇妙な手続で弱者の嘆願を拒んだ。無器用な彼は到る処で悪意に包囲されてゐるやうにおもへた。それは予想を裏切り想像を絶した形で突如出現する。
(……ある瞬間、ある瞬間を境に、地上の凡ては変形してしまつた。到る処に、いたるところに人間が満ち溢れ、もう何処でも食事を摂ることも身を横たへることも困難になる。更に人間の増えてゆく予感がこの時ぞくぞくと彼を脅かし、「逃げよ、逃げよ、今度こそ失敗るな」といふ声がする。だが、彼は今暫らく情況を確かめた上でと躊躇つてゐる。そのうちにも人間はぐらぐらと増えてゆく。今はもう呼吸をすることすら困難になつた。切羽詰つて無我夢中で左右の人間を押しのけ、鉄道線路めがけて逃げ出す。が、線路のところは、ここはもう先を争ふ人々で身動きもならない。ふらふらになりながら列に押され、列をくぐり抜け、どうにかかうにか、今突進してくる急行列車目が
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