幅の日蔭を争つて、両手片足を捩がれた男と全身血達磨の青年が低い声で唸りあつてゐる。あのとき、見た数々の言語に絶する光景はまだ彼にとつて終結したのではなかつた。……彼は避難民のやうな恰好で、若い甥と話し合ふのだが、この甥と話しあふとお互にもやもやしたものが燃え上つた。
「まるで、とにかく、今では生きてゆくことが吹き晒しの中にまる裸にされてゐるやうな感じがするな」
「だけど、君はまだ帰つて行ける処があるが、僕はもう、あの日から地上の生存権を剥奪されたのだ」
すると、甥は何か不満さうに彼の言葉に抗議しだした。「そいつは少々言ひすぎだよ。とにかく、あんなひどい目に遇ひながら今日まで生きのびて来られたのは、やはり感謝していいだらう」
甥は九州の連隊にゐたため惨劇には遭はなかつた。家の焼跡にもその後バラツクが建てられたので、とにかく身を容れる最後の場所だけはあつた。ところが彼の方は今もまだ身一つで逃げ惑つてゐる形だつた。……夢中で全速力で彼は走つてゐるつもりなのだが、忽ち条件が怪物の如く彼の行手を塞ぐ。かと思ふと、血走つた彼の眼には、突然一切がだらけ切つてどうにもならぬ愚劣の連続となる。……炎
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