ところへ無理矢理に転がり込んで行つた。それから、そこでも紛糾と困憊の蒸返しであつた。とにかく部屋が見つかる迄といふ約束で泣き附いたのだつたが、彼が持込んで来た荷物を見ただけで、この部屋の主人公は眉を顰《しか》めた。
歯科医専の学生である、その甥の友人は、その部屋の特別席にあたるテーブルでいつも石膏いぢりをやる。その友人が出掛けて行くと、部屋中に散乱してゐる粉末や破片を甥は丹念に掃除した。人間一人増えたため、この甥は二倍も気を使つてゐたが、一番余計者の彼は片隅に身を縮め、できるだけその存在を目だたないやうに努めた。
その友人が外に出て行くと、彼と甥は始めて解放されたやうに畳の上にのびのびと横はる。だが、さうしてゐても火がついて追ひまくられてゐるやうな、あちらの岸の火が衰へたかとおもへば、こちらの岸の火が燃え上つてゆく、あの日からひきつづく強迫があつた。衣類を売り書物を手離し餓死とすれすれに生きのびて来ても、インフレは後から後から彼を追つて来るのだ。重傷者がごろごろしてゐる炎天の砂地や、しーんとした死者の叫喚はすぐ眼の前にあつた。身軽に逃げのびて、日蔭に憩つてゐても、すぐ彼の隣では三尺
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