年の頃の憧憬に胸を締めつけられるやうな疼きをおぼえた。……彼がその昔その街の姿を所有してゐたと同じやうに、恐らくこれからの少年たちはこの街の新しい姿を疑はないだらう。彼がその昔、母の口から恐ろしい昔話を聴いたと同じやうに、焔の中に生きのびた少女たちはやがてその息子にあの戦慄の昔話を語るであらう。だが戦慄はまこと、その少女たちの記憶だけで地上から消滅するであらうか。測り知れない、答へてもくれないものが、まだ何処かに感じられる。(もしも人類が自らの手で自滅を計るとしても恐らく草木は焼跡に密生し、爬虫類は生き残るであらう)ニユー・アダムは微かに悲しげに呟く。
 ある日、雨に降り籠められて、彼は甥と雑談に耽つてゐたが、
「原子力以外にまだ発見されてゐないものがあるだらう」
 ふと、その言葉が口を滑り出ると、彼のなかにニユー・アダムがギラギラと眼を輝かしだした。何を描かうとするのか煽りださうとするのか、とにかく激しく悩ましいものが一時に奔騰した。そして彼はやたらに異常なことがらを喋りまくつた。
「今にきつと人類全体の消費する食糧なんか三日間で一年分生産できるやうになるよ、今に」
「うーん」と甥は
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