どうしても売れないものかしら」
それは前から兄たちに問合せたり、甥にも訊ねてゐたが、焼跡の都市計画が進捗しないため、何とも判断できないのだつたが、何も彼も剥ぎ奪つてしまふ怪物が既にその土地を呑込んでゐたとしても彼は差程驚かなかつたかもしれない。
「うん、近頃、畳一枚の値段で売買されてるよ」
甥の意外な言葉で、彼は急に眼を輝かしだした。
「畳、一枚、それでは……」
それでは、とにかく、彼の所有地を売却すれば今後一年位は生きのびて行けさうな計算だつた。
「助かつた、助かつた、それでは……」
おかしい程、彼はいきいきと興奮してゐた。身代金が出来たのだつた。そいつを怪物の口に投げ与へて置けば、相手の追撃からまだまだ、ずらかつて行ける。生きのびよう、生きのびよう、(しかし、何のために?)しかし、とにかく生きのびて行きたかつた。
そのうちに医学生も戻つて来た。「済みません、済みません、極力部屋を探してはゐますが」と彼は今暫くの猶予を哀願するばかりだつた。甥の顔には繊細な心づかひが漲つた。……踵まで火がついたやうな気持で、彼はいらいらと歩き廻つた。夕刊を買はうと思つて並んだ行列が、急にその
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