もう戻らないと宣言した友からの手紙だつたが、異常な悲壮が揺れうごいてゐた。あの男が揺れうごいてゐるのか、この地球が揺れうごいてゐるのか……。凝と考へてゐると、茫漠とした巨大な感覚が彼を呑込んでしまはうとするのだつた。
 休暇があけて甥が中野へ戻つて来ると、彼は再び緊迫した気持に戻つた。数少ない知人の間を廻つては、貸間のことを頼んだが、「さあ、部屋はね……」と誰もこれには確答ができなかつた。だが、焼跡には少しづつバラツクが建つてゐた。いつも彼は電車の窓から燃えるやうな眼ざしでそれを眺めた。鋏とボール紙で瞬く間に一都市が出来上つてゆく、映画のなかの素晴しい情景は、眼の前にある切ない夢とごつちやになつた。……ある日、藁にもとり縋る気持で、先輩を訪ねてみた。貸間の権利金について相談を持ちかけると、「いやあ、そいつはね……」と、もの柔かに断られた。徒労だつたと分ると彼はさばさばした気持で、この失敗を甥に打ちあけた。
「なるほどね、今となつては誰も僕のやうな者を相手にしてくれないのが当前だつた」
 絶望と滑稽感が犇きあつた。ふと彼はまた、もう一つの藁を夢みるやうに口走つた。
「広島の土地は、あれは
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